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邦画、余命ある設定多過ぎ

もうすぐ公開の「雪の華」なんて予告流れる度、うんざりしてしまうやつですね。

「愛唄」も主人公もヒロインもどっちも余命がある設定っぽいですし……。

 

名曲を映画化するというのはたまにあるので別にいいとして……また余命1年とかそういう系の恋愛もの?邦画って本当そういうの好きやね。どこに需要あると?って言いたくなってしまいます。

 

10代とか20歳そこそこの世代がターゲットなんだろうけど、あまりにもそういうのが多いので、なぜ「余命ある設定」ばかりなんだろう?とついつい考えてしまいたくなります。

 

  1. 余命があるほうが恋愛要素が盛り上がるから
  2. 今の時代だと恋愛のハードルを作りにくい(ケータイがある、身分の差もほとんどない)ため
  3. 単純に若い人が余命いくばくもないという設定に萌える人が一定数いるため実は需要がある

 

1と2はほとんど同じような理由かな💦

時間が限られているということが分かっていると恋愛も燃えますよね?とにかく恋愛は何かハードルがあればあるほど燃えるわけで……ロミジュリ効果?とか言うんでしたっけ?これ。

 

現在は昔から恋愛ドラマにお決まりのすれ違いとか、そういうのを起こしにくくなっているそうで、まあ考えてみれば当たり前の話です。

今は誰でもほとんどの人がケータイ(というかスマホ)持ってますからね。待ち合わせ場所にいなくて会えませんでしたー、とか、なかなか難しいわけですよね。

待ち合わせ場所にいないくらいじゃ何の問題もないです。電話やらLINEやらすぐすれば解決です!

(現代人としてはたとえスマホがあったとしてもすれ違いを起こそうと思えば起こせる気はしますが……昔に比べれば起こしにくいことは確かです)

 

そして身分の差……これも現代日本にはほとんどないでしょう。あるとすれば一般人と天皇家くらい?ガチなのはそれくらいしかないですよね。

立場の差があってハードルが……というのは、もう年齢差がある、教師と生徒、お金持ちと貧乏人、芸能人と一般人くらいしか思いつかない。

でも年齢差とか長い目で見たらそんな大した問題でもないように思えるし、芸能人と一般人も今では距離が近くなってるからそんなに身分が違うとまで行きにくい?

たとえ教師と生徒でも生徒が学校卒業して大人になるのを待ってたら解決だし……昔に比べたらその辺視聴者は不寛容になってきてそうだし、話を作る側の人は本当大変だろうな。(不寛容というのは教師と生徒の恋愛ものなんていくらフィクションでも見たくない!と先に嫌悪感が来てしまう人も多いと思うという想像です)

安易な余命いくばくもない設定に頼りたくなるのも分からんでもない気はする。

 

3の理由は結構実は一定数そういうのが好きな人がいるんだろうな、と想像します。

私も全くこれに当てはまらないというわけではないのです。なんだかんだでこういうのが好きな女性は多いはずです。あまりにもこういう作品ばかりだとうんざりですが。

 

昔からこういう作品はあったわけなので、需要はあるんだろうな、と。

そういう層の集客が見込めるなら、たくさん作られてるのにも納得できますし。